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鏡のなかの地底に埋もれた鏡

椹木 野衣

地底人

子供のころ、家の生活用水のうち相当量を井戸から汲んでいた時期があった。その井戸は裏庭の木戸から出たすぐのところにあって、掘られた穴に桶を落として人力で持ち上げるような古いタイプのものではなかったけれども、手汲みのためのポンプ式の持ち手はそれなりに重くて、子供には長時間汲み続けるのはキツかった。それでも一度勢いがつくと水は驚くほど豊富にコンコンと流れ出し、とめどなく敷石を打ち続けた。そして、透き通って夏でも冷たい水は、顔に当てるとすこぶる気持ちがよかった。 誰がいつその井戸を掘ったかは知らない。物心ついた時にはもう存在していたから、その由来を調べるようなこともついになかった。しかしいまこうしてあらためて振り返ってみると、水道のように近代的なインフラでもなく、川のような目に見える自然のかたちでもなく、地中の暗闇のどこかに水脈が走っていて、そこからいくらでも水を汲み出すことができるというのは、たいへん奇妙なことのように思われる。というのも、わたしたちは水を陽のもとで目にすることに慣れているから、地面よりも下の目に見えない地中にふんだんに蓄えられた水というのを視覚的、かつ具体的に思い浮かべるのが難しいからだ。わたしたちが知る水はきれいに透き通って光を浴びれば宝石のように輝く。だが、日の目を見ない水はどうだろうか。真っ暗でひとつの巨大なかたまりのようになった水は、コールタールのように粘液質で得体がしれない存在としか思い浮かべることができない。 毎日の生活のために使うほど身近であった水の由来や姿かたちさえわからないのだから、地中というのは本当に未知の領域と言っていい。未知の領域と言うと私たちはすぐに宇宙のことを思い浮かべるけれども、地中のことに比べれば、宇宙はだいぶいろいろなことがわかっている。人類は四苦八苦しながらも人工衛星やロケット、宇宙探査機を打ち上げて、地球や月、そして太陽系について様々な観察を行ってきた。たとえ人工物を送り届けることができなくても、望遠鏡などを使えば光が長い年月を経なければ到達できないような星の領域についても可能な範囲で調べてきた。そんなことは言わずとも、夜になれば空には無数の星が輝き始める。その意味で私たちは夜ごとに宇宙を肉眼で眺めている。また実際、星空は古来より人々にとって方位や航海のための貴重な道標であった。 これに比べれば、地中の領域は距離だけで言えば――たとえ地球の中心といえども――天上の星々とは比べものにならないほど近いと言えるけれども、わかっていることはあまりにも少ない。これはわたしたちが立っている場所と地中とのあいだに土や砂、石や岩に始まる物質的な遮蔽物が厳然と存在していることによる。私たちとの距離を物質的に遮蔽しているということなら海もまたそうだが、海水は柔らくまたある程度まで透明なので、特殊な装備の深海探査船を使えば海の奥底まで人を送り届けることは可能だ。海もまた未知の領域を多く抱えているが、それでも地中に比べればわかっているほうだと思う。地中探査機というのは宇宙探査船や深海探査船ほど頻繁に耳にしたことはないし、そもそも地底には飛行機や潜水艦のようなものはない。いま試しに地中探査機と検索したら耕運機のような手押しのものが出てきて、最大探査深度は地表からおおよそ6メートルほどらしい。ボーリング調査のような特別なやり方はあるけれども、それにしても海底探査や宇宙探査とはまったく異なる性質のものだ。それでも人類はあの手この手を尽くして地中について推察し、可能な限りで検証し、仮説のモデルを作るには至っている。それによると地球の中心部には固形の鉄が存在しているのだという。地球の中心はドロドロで高温のマグマのようなものだと漠然と思い描いていたわたしは、この話を聞いたときにはショックを受けた。なぜ溶融していないのかといえば、強い圧力によって液状になることができないらしい。つまり地球とは巨大な鉄球のようなものなのか。しかしそれは通常の常識を遥かに超えている。 しかしそれも無理はない。家の井戸のことだってよくわからないまま使っていたのだ。地底とは、まずはそのような領域なのだと言っていい。だから、穴を掘ると言っても、地球の規模からすればそれはそもそも穴にはならない。どんなに大きな穴でも、地球から見ればせいぜいが穴の形状をした窪みのようなものにすぎない。それでもなお、人は古来から様々な用途で地面に穴を掘ってきた。だが、本展の大前提となっている1970年に4人の美術家によって催された「スペース戸塚 ‘70」のように、そのうち3人の作家が地面に穴を開けることで作品を作ったことは極めて稀な事例と考えることができる。なぜ、かれらは一様に地面に穴を掘ることから制作を始めようとしたのだろうか。それぞれの動機があるに違いない。その個別性については別に詳しい理由があるとして、先に書いてきたようなことを念頭に、ここでは地球の表層に美術家たちが一斉に穴を開けようとしたことから、いったいどのようなことが伺えるかについて考えてみたい。引いてはそれが、本展「地底人」について考えることにもつながることを期待して。 それにしても、まずもっていったい「穴」とはなんなのだろうか。ひと口に穴と言っても様々な形状や性質があるだろう。だが、純粋に穴と言えるものは、入口と出口とで空間が貫通しているものではないのか。具体的にはドーナツの穴のようなものだ。ということはそのような純粋な穴においては、入口と出口というふうな一方向性は存在しない。たまたま入った側が入口で、出た方が出口であるにすぎない。もう少し規模の大きなものではトンネルがそうだろう。トンネルにおいても穴の入口と出口は相対的なものだ。そのことから考えると、「スペース戸塚’70」で掘られたような穴は、この意味では純粋な穴ではない。穴のような、もしくは穴に見える形状と呼んだほうが正確かもしれない。ただし、わたしたちが通例として貫通していない状態でも穴と呼ぶのは確かだ。道路に穴が開いている、と言った場合、なにもマンホールのようなものを想定しているわけではなく、穴のような形状で凹みがあればそれを穴と呼ぶ。けれども、なんらかの理由で陥没するなどして穴のような形状となってしまった場合と違い、わざわざ人が人力で穴を掘る場合には、これらとは異なる動機があるはずだ。その動機がなにかを埋めるためのようなわかりやすい理由である場合を除けば、次に問題となってくるのはその穴の深さであるように思う。具体的な目的がない場合、どこまで掘れば本人の考える穴となるのかは都度と場合の問題だからだ。 この深さの問題はそれこそ根深いものを抱えているように思う。というのも、なにかを埋めるというような特に具体的な目的がない場合、穴は深ければ深いほどよいことになるからだ。穴は深ければ深いほど物理的には貫通に近づく。たとえ地球を貫通することなど決してありえないことはわかっていても、浅い穴よりは深い穴のほうが理想的でかつ純粋な穴に近づくのは確かだし、だいたい深い穴のほうが見た目も穴らしい。そうなら、穴を掘るという行為は原理的にいえば終わりがない。どこまでも掘り進めることができるなら、際限なく掘り進めてしまうのが穴というものだろう。だが実際には終わりがやってくる。地盤の固さによる諦めであり、同時に体力的な終わりであり、時間的な終わりでもあり、さらに言えば精神的な終わりにほかならない。だから、ドーナツのような限りなく形式的で抽象と同義である穴を除けば、すべての穴は途中経過であるにすぎない。 だとしたら、わたしたちが具体的な穴をなにかの手段としてではなく純粋な穴として見るとき、その穴が途中経過であることを捨象して、あたかもその穴がどこかに貫通しているかのように見なしたくなる心理的な癖がわたしたちにはある。言い換えれば、その穴が純粋な穴であることを具体的なその穴に重ね描くのだ。 この空想は、しかし実際には(その深さにもよるが)かなりの現実感を伴う。なぜなら、何度も触れてきたように、わたしたちが地中のことをほとんどわかっていないからだ。地中すぐのところを流れている水さえ想像できないのだから、地表に開いた穴が地下でどのようになっているか思い描くのは最初からかなりの自由度を与えられている。とはいえ、その穴が地球の中心を貫通して反対側の地表まで突き抜けたと考えるのは逆に空想上の無理がある。すると、そうなったとき目前のこの穴はいったいどのような見え方をするだろう。端的にいえば、それは「底無し」になるのではないだろうか。 展覧会「地底人」で考えられる穴とは、この底無しの穴というのがもっとも近いように思われる。展覧会では3人の美術家による異なる性質の穴(への志向性)が取り上げられていたが、いずれもドーナツのような形式的な穴ではない。しかしどこかに向けて貫通しようとしているのは確かなように思われる。それが炭鉱のような抑圧の歴史を伴う坑道のようなものなのか、想像力によって担保される地下世界のようなものなのか、展示がなされる建造物の床下にあいたわずかな間隙なのかはさておき、これらは展示上のその物理的な規模に収まることがない。そして実際には、歴史への、空想力への、都市のインフラへの貫通に向けて、その途中経過としての姿をあらわにし、展示室の物理的な尺度を撹乱して、どこまでも底無しであろうとする。 これら三つの底無しの穴は、この時点でようやく、ドーナツのような形式的で純粋な穴との違いをはっきりとさせる。ドーナツの側から逆に照射すれば、ドーナツの穴も底無しといえば底無しである。だが、実際にはドーナツの穴を底無しと形容するのは無理がある。ドーナツの形状があまりにも形式的すぎて記号のように見えてしまい、底無しのような「深さ」を思い描くことができないからだ。だが、展覧会「地底人」の穴は貫通していなくても限りなく深く、そのことで裏側から底無しとなる。そして底無しにはドーナツの穴と違い向きがある。入り口はあっても出口がないのだ。としたら、そこに入るには相当の覚悟が必要だ。だが「地底人(サブタレニアンズ)」の住処とはもともとそのようなものではなかったか。展覧会「地底人」の全体に漂う一種不穏と呼んでよいアンビエンスは、おそらくそのことから生じており、物理的なものではなく心理的なものであるから、取り払うのは極めて難しい。しかしながら穴と言えるものの周囲には、その規模にかかわらず、必ずそのような不穏さが漂っている。井戸という井戸がどれも例外なく不穏で、かつ底無しに見えるように。

ミラーレス・ミラー

わたしは子供の頃、鏡を恐れていました。昼でも薄暗い平家の家には母が通勤前に化粧をする和室があり、そこには三面鏡が置かれていました。鏡合わせになった世界に際限がないことは知っていましたが、あるとき、ふとその鏡を覗き込んだとき、その際限のない鏡の奥底から、自分とは別の顔が覗いていたような気がしたからでした。そんなことがあるとは今ではもうにわかには考えられないので、夢のなかのことが年月を経るうちに無意識のうちから記憶へと混入したのかもしれません。いずれにしてもそれ以来、わたしは合わせ鏡でなくても、鏡を見るとそこには無限と、そうであるがゆえの異物が人知れず紛れ込んでいるように感じられて仕方がなくなってしまったのでした。 けれども、それはなにも夢想のようなものではなかったはずです。というのも、鏡に写った自分自身の姿の背景には家のドアも同時に写し出されており、たとえ実際にこちら側のドアを開けずとも、鏡の奥に写ったドアを開けることができれば、そこにはやはりこちらの世界と同じような部屋のつくりや家具の配置がまったく同じようにあるはずだからです。 もっといえば、たとえ鏡面に写っていなくても、その端の方に少し視線をずらせばそこには玄関があり、その玄関を抜ければ外の世界が広がっていて、その外の世界には街並みや商店街があるはずだからです。さらにこの考えを拡大すれば、鏡の中に駅や空港もあるはずで、それを使って遠い異国やさらには宇宙までが広がっているに違いないからです。そうすると、鏡の数だけ自分も存在することになり、世界の秩序はめちゃくちゃくになってしまうかもしれません。それがどんなに荒唐無稽なことはわかっています。でもわたしは当時、そのようなことを想像しては恐ろしい気持ちになっていたのでした。こんなことを言うと現在のバーチャル・リアリティのようなものを想像する人がいるかもしれませんが、やはりそれとは少し違うのでした。というのも、鏡のなかの世界はなぜだか左右が反転していたからです。その理由がどうしてもわからないというのも、わたしの不安を咳立てたのでした。 ところで、いまここで文章を書こうとしている展覧会は「ミラーレス・ミラー」と呼ばれていて、それに先立って行われた展覧会は「地底人」と名付けられていました。両者は「わたしの穴 美術の穴」と呼ばれるアーティスト・コレクティヴによる企画で、同じく「穴」という特殊な存在の様式に触発されながらも、個々のアーティストによって穴の捉え方には幅があり、その幅がそのまま「地底人」と「ミラーレス・ミラー」に反映されていました。ですが、「わたしの穴 美術の穴」が一体であるように、展覧会「地底人」と「ミラーレス・ミラー」も、個別の企画ではありながら、まったく別のものとして見られるべきものではなく、「わたしの穴 美術の穴」というやはり二つでひとつの穴を通じて、展覧会もまた「地底人とミラーレス・ミラー」というひとつの世界提示として見られる理由があるはずです。しかしそのことにすぐに取り掛かるのではなく、ひとまずここでは両者に共通する出発点である「スペース戸塚’70」で見出された美術家たちによる複数の穴が、どのような性質のものであったかについて、いま一度振り返っておきたいと思います。 展覧会「地底人」について書いた最初の文章のなかでわたしは、形式的には貫通を前提とする純粋な穴に対して、人力で掘られた具体的な穴はつねに途中経過であり、潜在的には底無しを志向しているし、事実そのように見える、ということを書きました。それはかつて戸塚で掘られた穴でも同様で、それらは深さにおいてはそれほどのものでなくても、必ず地下世界へと通じる入り口のような役割を果たしていたのでした。もっとも、たったいま書いているこちらの文章でわたしが強調したいのは、むしろその穴の浅さのほうなのです。なぜそのようなことを考えたかというと、わたしがこの文章の執筆を引き受けるにあたって願い出た藤井博氏との対話のなかで、1970年に戸塚で掘った穴が実際にはどのようなものであったかを自分なりに確かめられた気がしたからです。当時の戸塚の会場となった敷地についてわたしは詳しいことはまったくわかりません。しかし藤井さんと話しているうちに、穴を掘るに先立って、地面を整地する、という作業にかなりの労力を費やしていることを知ったのです。 そのことがわたしには妙に気にかかったのでした。というのも、もしも穴を掘ることだけが主眼であるなら、たとえ敷地内が荒れていたとしても、穴を掘ること自体にはなにも支障がないはずだなかでらです。それなのにどうしてかれらはそこまでして整地ということにこだわったのでしょうか。真っ先に浮かぶのは、絵を描けるために壁がきれいであってほしいように、たとえ地面に穴を掘るような行為であっても、その周囲はきれいに均らされていてほしいという単純な動機です。それはもっともわかりやすい動機ではありますが、そもそも絵をかけるのでもないのにそれだけの理由で地面をそこまで念入りに時間をかけて整地するでしょうか。そのうちわたしに中に浮かんできたのは、きれいさというよりも平らさが必要なのではなかったかということでした。ごつごつした隆起ではなく、ある程度の水平性と言ってもいいかもしれません。ですが、仮にそうだとしてもなぜそのような水平さが必要であったのでしょう。わたしが思うに、それらの穴の形状をいま振り返ったとき、それらは穴である同時に、四角く整形され、なにがしかの扉であるように感じられたからです。扉であるならそれはどこかへと通じる入り口でもあるのであって、そこは周囲からわかりやすく明示されていなければなりません。そして扉であるならば、たとえそれが物理的には底を持つ途中経過の穴であったとしても、そこから奥底へと通じる象徴的な意味を持つことにもなります。奥底に通じるというような象徴的な意味が成立するためには物理的にはこの程度の深さが必要というような基準はありませんから、これらの穴はこの段階で底無しの深さを持つことになります。ただしそれは形式的な貫通ではないため、実質的には入り口しかない穴にはめられた一枚の扉です。そしてこの入り口しかない穴の扉という点で、わたしにはこれらの穴が地面にはめ込まれた鏡のように思えたのでした。 ところで鏡は、壁に垂直にかけるのではなく地面に水平に置いたとしても鏡としての性質は変わらず、左右を反転させて世界をまるごとその表層に飲み込みます。そしてその点において鏡は底無しの無限を一枚一枚の中に備えます。いや、地面に水平におかれることによって、むしろ鏡はこの世界においてもほとんど唯一と言ってもいい奇妙な性質を際立たせることになるでしょう。鏡はそれくらい不可思議な物体なのですが、普段は日用に晒され、あまりにも当たり前のものとなってしまっているため、そのことになかなか気付けずにいるのです。ですが、水鏡の不思議さに旅先などで瞬時訪れる時間が止まってしまったような池や湖の澄み切った表面を通じてふと振り返ることがあるように、水平面に置かれた鏡はその奇妙な性質を普段よりはっきりと示すようになります。 わたしは展覧会「ミラーレス・ミラー」が「ミラーレス」であることを強調していることに対してあまりにも無頓着でしょうか。事実わたしはここまで鏡のことしか語っていません。けれどもわたしは、ミラーレスという性質はもともと鏡の中に備わっているものではないだろうか、とも考えているのです。本展を字義通りに捉えるなら、それはデジタル時代において鏡という古典的な形式がどのような意味を持つのか、あるいは刷新されるだろうか、という主題に沿って考えるのが適切なのかもしれません。けれども鏡はそのような適切さを最初からはみ出しています。本性として無限を孕んでいるというのがそのような撹乱を生じさせる理由なのですが、そこまで突き詰めずとも、鏡はそれ自体として十分にミラーレスです。仮にカメラに代表されるかつての光学的な装置がもはや光学的でなくなり、ゼロイチで積算される記号の表象に置き換えられたとしても、鏡が存在しなくなるわけではまったくありません。というよりも、ミラーレスな装置によって非物質へと変換されるデータの集積世界そのものはまったく新規のものではなく、煎じ詰めて見れば鏡面世界の精密なシミュレーションであるにすぎないのです。事実、鏡はいまなお十分すぎるほど底無しです。そのことは先に示した通りで、鏡の世界はその物理的な表面積に写しただけの世界では完結しておらず、その厚みのない表層の一面に世界そのものを呑み込んでその果ては潜在的には宇宙にまで及んでいます。 わたしが考える鏡の奇妙な性質でその最たるものはその底無しと左右の反転です。ところでこの両者を底無しと反転にまで削ぎ落とすならば、それは十分に展覧会「地底人」と通じるところとなります。あるいは「ミラーレス・ミラー」とは反転した底無しの地下としての「地底人」のことなのかもしれません。もしそうならば、「地底人」は穴の垂直方向への掘削を、「ミラーレス・ミラー」は穴の水平方向への翻案を軸とする対照的な展覧会として、両者を区別することに、もはやあまり意味はないのかもしれません。というのも、これはあくまでも仮にですが、展覧会「地底人」の左右壁面を天地に置き換え、実際の天地を左右の歩き回れる奥行きに置き換えて見返すならば、展示風景においても体験の反芻においても、それが「ミラーレス・ミラー」のそれに極めて近く感じられるからです。そしてこれとは逆に「ミラーレス・ミラー」における左右壁面を同じように天地に置き換え、実際の天地を左右の歩き回れる奥行きに置き換えると、今度はそれが「地底人」のそれのように感じられてくる――実際に、雨宮庸介の手で壁に埋められた鏡はこのことで地底に埋められた鏡となります――ことに気がついたからです。 同時にこれは、「スペース戸塚‘70」における三つの穴を、地面に開けられた穴と見るか、壁面に開けられた穴とみなすかによって、対象となる穴が「底無しの地下」と見えるか、もしくは「底無しの鏡」に見えるか、という違いに対応しているのかもしれません。そしてこのような地下世界と鏡の表層が持つ無限との掛け合わせが、ほかでもない「地底人とミラーレス・ミラー」ということではなかったかとあらためていま思うのです。

わたしの穴 美術の穴

最後に、これらの二つの展覧会が左右非対称の双子のようなものであることを確かめたうえで、「私の穴」と「美術の穴」との関係がいかなるものであるかについて考察する。 ここまで述べてきたことを通じて、わたしの穴と美術の穴もまた、二つの穴のようでいてひとつの穴であることが推測される。ではまず最初にわたしの穴とはなんだろうか。わたしの穴とは端的にいえば、わたしというからだに開いた無数の穴のことを指す。それはまず口であり、鼻の穴であり、耳の穴であり、口から食道、胃、腸を抜けて肛門から外の世界へと一方的に貫通するひとつの管上の穴でもあるだろうし、また性器を通じて外界へと通じる穴でもあるだろうし、またさらにいえば全身に無数に近く開けられた毛穴でもあるだろう。つまりわたしたちはひとつの外部と内部が壁のようなもので遮断された塊のようなものである以前に、恐ろしく数多くの穴によって外と内とが便宜的に弁別されるだけの多孔世界からなる交差地点のようなものである。もっともそれでもやはり、というかだからこそ、穴の向こうとこちらは簡単に入れ替えが可能なものではなく、裏返しにはできないし、裏返しにすればただちに命が絶たれてしまう。だから、これらの穴の向こうとこちらとは、展覧会「地底人」で触れたような表面上に窪んだ穴のようなものとして実質的には扱われるし、逆にいえばそのことで深さが見えなくなり底無しともなる。つまりわたしの穴を通じてわたしたちのからだはそれこそ地底世界のようなものを抱え込み、窺い知れぬサブタレニアンたちの住処となる。それはちょうど地中に流れる地下水が見えないのに生活に役立っていたように、実態がわからないのに生命を維持するのに欠かせない機能を日夜担うことでわたしたちにとって不可欠なものとなる。こうしてわたしの穴はからだに穿たれた物理的な穴であることを超えて穴であることの寓意的な機能を担うことになる。穴はあってはならないが、穴がなくては生きられないというアンビバレントで解釈の難しい探究をわたしたちに迫るのだ。 では美術の穴はどうだろう。美術は生き物ではないから物理的な穴はあかない。それでもなお美術の穴というとき、それは最初から寓意的なものとなり、逆説的に美術をひとつのからだとみなす連想をもたらす。美術をひとつの有機体とみなすなら、それはおのずと美術史としての体裁を伴うことになるはずだ。美術は美術史になることで始めと終わりへの志向を宿し、時間のなかを生き始めることができる。しかし美術を美術史が構成されるための部分のようにみなすこの考えは、実は最初からそれこそ穴というべきか、大きな無理がある。もう一度、今度は別の意味で繰り返すが、美術は「わたし」のような生命ではないからだ。だから穴といってもそれは実は口や鼻、耳や性器のようなものではない。端的にいえばそれは美術史という一体のからだに穿たれることで美術史を美術へと戻してしまう文字通りの致命的な反射を美術を統合しようとする時間や空間に引っ張り込んでしまう。逆にいえばだからこそ穴なのだが、それはおのずと美術の穴を鏡のような一枚の厚みのない表層へと導くだろう。美術が一枚の鏡のようなものなら、それはどうしたって美術史のような時間と空間の整合性を持つことができなくなる。先に致命的な反射と言ったのがそれで、あたかもそれは美術史を左右反転することで、歴史という体系的で一体の生命であるかのような表象をお化けのようなものに変えてしまう。とてもよく似ているのに肝心の左右が反転しているからだ。そして、とてもよく似ているのに左右が反転しているものが存在するなら、それは正像とされたものも反転された像もともに正統性においては即座に死ぬ。正統なものにそんなお化けが簡単にできるということ自体に悪魔のわざのような邪(よこしま)が加えられることになるのだから。 そうなってきたときにではいったい「わたし」や「美術」になにが起こるのか。「わたしの穴」とはまずもって物理的な穴であった。他方、「美術の穴」は本性として寓意としての穴であるほかなかった。そしてそのことで前者の穴は地底と地上の弁別を「わたし」に与え、反対に後者の穴は地底と地上の弁別を台無しにし、人を人でないものに戻し、すべてにお化けのような反転性をもたらす鏡の穴を「美術」に開けた。この鏡の穴が「わたし」に開けられ、逆に物理的な穴が「美術」にあけられるとき、「わたしの穴」と「美術の穴」は、ちょうど展覧会「地底人」と「ミラーレス・ミラー」がそうであったように、たがいの穴の穴性を交換する。そしてそのとき、わたしは「ミラーレス・ミラー」のように「底無しの表層」となり、つまりわたしが一枚の横たわった鏡となり、美術は「地底人」のような「井戸のような無意識」を抱え込む、つまりわたしがそれ自体としてひとつの地下となるだろう。それはちょうど「わたしの穴」と「美術の穴」が、同じ穴という言葉を通じて両者を底無しに結び、鏡のような表層においてその内実を絶えず入れ替え続けることでもあるはずだ。これまでも、たったいまも、そしてこれからもずっと。